8年越しで明かされたラティーナの想い







ラティーナとの別れから8年。





ぼくは、久々に実家で年を越した。








日付が変わる頃、フェイスブックを開いていると、ラティーナからチャットが届いた。







ラティーナ:”¡Feliz año nuevo!”

「明けましておめでとう」




ラティーナ:”¿Qué haces?”

「何してるの?」







もうとっくに元旦は過ぎていたが、ラティーナから新年のメッセージだった。





ぼくは、ラティーナとひとしきり新年の挨拶を交わした。







この日のラティーナは、いつになく饒舌だった。






それまでは、いつメッセージを送っても、素っ気ない感じだったのに。





この日は、メッセージが何分も書き込み中と表示されていて、チャットの吹き出しには入りきらないくらいのアルファベットが詰まっていた。










そのあと、どんな流れで、話が発展して行ったのかは覚えていない。










でも、あのカリブのビーチでぼくらがサヨナラを言った8年前の話になった。












深夜だったせいだろうか。






ぼくは、8年前からずっと心に引っかかっていたこと、ぼくの想いをチャットに吹き込んだ。








すると、ラティーナは、あのときの心の内を明かしてくれた。








まるで川が決壊したようなメッセージの量だった。









ラティーナ:"Yo era la casada. A mí me tocaba ir”

「私は結婚してた。私はあなたと一緒になれなかった」







ラティーナ:¿No te diste cuenta?

「気づかなかったの?」








ラティーナ:"La mejor manera de alejar a alguien que te gusta es hablar bien de tu pareja”

「気になる誰かを遠ざける方法は、そのひとの前でダンナを褒めること」









8年前、人妻のラティーナがわざわざぼくを人気のないビーチに呼び出して、ダンナといかにラブラブかをぼくにアピールした理由がやっとわかった。








ぼくからは、ラティーナと別れたあと、ラティーナと同じ国の女性と知り合い、結婚。


2児を授かっていたことを明かした。







するとラティーナは、こうつぶやいた。





ラティーナ:”Si me hubieras dicho antes. Porque yo sí me imaginé una vida contigo”

「先に言ってくれたらよかったのに。私もあなたとの未来を想像していたから」






ラティーナ:"Yo pensé, pensé, y pensé desde el primer día que te conocí"

「あなたに出逢った日からずっと考えて、考えて、考えた」










ラティーナ:"Pero al final dije"

「でも、考え抜いた末の私の結論はこうだった」












 ラティーナ:"No voy a arruinar mi matrimonio por un turista que posiblemente busca solo una aventura’”

「遊び目的の観光客のために、ダンナとの結婚生活を台無しにできない」











ラティーナはしばらく間を置いたあと、こう言った。








ラティーナ:"Si me hubieras robado un beso… aquel día..."

「あなたがあのとき、私にキスしてくれていたら・・・」







ラティーナ:"Aunque sea un besito chiquito, me hubieras puesto el mundo de cabeza"

「どんなに小さなキスだったとしても、私の世界はあなた一色に染まっていた」










ラティーナは、彼女が当時置かれていた状況を振り返った。







ラティーナ:"Después de un año, mi matrimonio ya andaba mal. Algo no iba bien”

「結婚して1年が経って、私の結婚生活の歯車は狂い始めてた。何か嫌な感じがしてた」









ラティーナは、当時のダンナの不倫が決め手となって、今から4年前に離婚していた。









ラティーナ:”Además yo me cambiaba del trabajo justo después del evento"

「それに、あの展示会の後、次の職場に移ることが決まっていたの」








ラティーナ:"Ya no me hablaba nadie”

「だから、当時の職場の人間は誰も私の相手をしなくなってた」






ラティーナ:"Todos me ignoraban… Estaba sola”

「職場のみんなに無視されて、一人ぼっちだった」









ラティーナ:"Y tú llegaste ahí... como un rayo de sol para aliviarme la soledad que sentía”

「そんなとき日の光が差し込むようにあなたが現れた。あなたのおかげで寂しさが紛れた」










ラティーナは話を切り替えた。





ラティーナ:"Mi hijo nació con graves problemas de salud”

「息子は生まれたときから重い病気があってね」






すでにラティーナは再婚していて、1歳になったばかりの子どもがいる。







ラティーナ:"Yo tuve que renunciar al trabajo para estar con él"

「仕事も辞めたわ。息子のそばにいてあげたくて」





ラティーナ:"Mi relación con él es bizarra. Ni vivimos juntos”

「私と今のダンナの関係は普通とちょっと違うの。一緒に住んでもないし」






ラティーナ:”Llevábamos por un tiempo como novios y dijimos que era el momento para tener hijo”

「今のダンナとしばらく付き合ったあと、子どもをつくることを決めたの」








ラティーナ:"Pero pasé por un embarazo solitario”

「でも、妊娠中は一人ぼっちだった」








ラティーナ:”Después de nacer mi hijo, yo lo busqué”

「子どもが生まれたあと、私から今のダンナとヨリを戻すことにした」







ラティーナ:”Porque nuestro hijo nos necesita unidos”

「息子は両親を必要としているから」







ラティーナ:"Tal vez también por el miedo de fracasarme una vez más"

「また結婚で失敗するのが怖いというのもあったのかもしれないけど」








ラティーナ:”Pero, no me siento completa con él”

「でも、今のダンナと一緒にいて満たされているとは思わない」









ぼくの気持ちは暴発していた。







自分が既婚者であることなんて忘れて。








これは浮気だろうか。










これは不倫だろうか。









ぼく:"Si yo estuviera disponible, yo sería ese clavo para sacarte el otro”

「今ぼくが独身だったなら、今すぐ君のもとに飛んで行ったはずだよ」











もう止まらなかった。










自分の気持ちをせき止めることができなかった。










8年間の想いが一気にあふれてしまった。








ぼく:"Me arrepiento de no haberte besado”

「君にキスしなかったことを今でも後悔してる」








ぼく:"Yo me fui… porque pensé en tu esposo que ni conocía y sobre todo en tu bien”

「ぼくは君に何もしなかった。知りもしない君の元ダンナ、そして何より君の幸せを考えて」







ぼく: “No puedo dejar de pensar… '¿por qué no me porté egoísta?''”

「なんで、ワガママに振る舞えなかったんだろうって、今でも考えずにいられない」







ぼく: “Por qué no fui sincero conmigo mismo”

「なんで、自分自身に正直にならなかったんだろうって」







ぼく: “Aunque me hubieses cacheteado, debí haberme arriesgado… debí haber apostado mi suerte por tu corazón"

「君に頬をぶたれたとしても、賭けに出るべきった」













しばらくの沈黙のあと、ラティーナから返事が来た。







ラティーナ:”Si pudieras valorar a tu pareja como debe ser, no estarías hablando de esto ahora"

「今私とこんなことを話しているってことは、あなたは奥さんを大事にしていないわね」






ラティーナ:”Pues, eso a mi me aplica también”

「それは私にも言えることだけど」








ラティーナ:"Pero, si tú me buscaras ahora, eso sí sería un verdadero cuento de hadas"

「あなたが私を迎えに来てくれたとしたら、まるでおとぎ話が現実になったようなものね」











この日のラティーナは、何か人に話したくなるような悲しい気分だったのかもしれない。




何があったのか、ぼくには知る由もないが。



ラティーナの表情が見えないだけに、あまり踏み込んだことを聞くのははばかられた。







日本時間、午前3時過ぎ。





疲れたまま深い話を続けるのはマズいと感じたぼくは、こちらから話を切った。





ラティーナ:"Descansa"

「おやすみ」


翌朝、チャットを開くと、このメッセージが残されていた。











ラティーナとぼくは太平洋で隔てられている。






でも、その物理的な距離もインターネットのおかげで存在しないに等しい。








ラティーナとぼくは、8年越しの想いを明かし合うことで、「時」を越えた。







チャットを通して、二人の間に横たわる太平洋という「空間」を越えた。







でも、それぞれが生きる現実を越えることはできない。








いや、どちらも変化を強く望んでいないだけかもしれない。









「親として、伴侶として、こうあるべき」という既定路線に甘んじているだけかもしれない。









先が見えない、何の確約もない恋愛。









遠く8年前、1日足らずの時間をともにしただけの相手との恋愛。








そのために、今の幸せを犠牲にすることが想像できないだけかもしれない。












パソコンを閉じたぼくは、寝室でスヤスヤ眠る息子と娘の寝顔をしばらく見つめていた。







ぼくは、彼らの父であることを幸せに思っている。








ケンカは絶えないが、それでも連れ添ってくれている妻にも感謝している。











ぼくは、そう自分自身に言い聞かせているだけだろうか?









現状維持に納得するための、自分自身への言い訳なのだろうか?












横にはなったけど、眠れなかった。








疲れているはずなのに。








なぜか、頭が冴えて、さっきぼくがラティーナに言った言葉の意味が頭によぎった。









「ぼくは、君の幸せを思ったからこそ君に何もしなかった」






8年前、何もしなかった理由をぼくはラティーナにそう説明した。









でも、よく考えると、





「ラティーナの幸せを願って」





というのは違うんじゃないかと思えてきた。








ぼくは、8年前のあのとき、「ラティーナの幸せ」なんて願っていなかったんじゃないか?






ぼくが心配していたのは、





「自分が人として何をすべきか」






ということばかりで、







「ラティーナの幸せ」






なんて頭になかったんじゃないか。








それにぼくは8年前、自分の気持ちに正直になることのリスクを負わなかった。






「人としてすべきこと」





「愛する人の幸せ」







カッコはいいかもしれない。







でもそれは、リスクを避けるという決断を正当化するために必要な、ぼく自身に対しての言い訳に過ぎなかったんじゃないか。






「ラティーナの幸せ」より、自分にとって後味が悪くならないような決断を求めただけじゃないのか。








もちろん、終わりのない問答なのはわかっていた。









冬の夜明けは遅い。





空が白み始める一足先に小鳥たちは目を覚ましたようだ。




彼らがさえずり始めたころ、ぼくはやっと浅い眠りに落ちた。






数時間後、目覚めとともにすべてがリセットされて、「日常」に舞い戻ることを半ば疎ましく思っている自分がいた。






Continuará…

(次回へつづく)

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ラティーナに恋をした日本人トロバドール 〜ラティーナに捧げる愛の詩〜

ネイティブのようにスペイン語を操る日本人、早川優。 しかし彼は、ラテンのノリとは無縁の内向的な文学少年だった。 そんな内気な文学少年が、出張先で出逢ったラティーナ(中南米某国の女性)との恋を通じて、日本人でありながら、スペイン語で愛の詩(うた)を捧げるトロバドール(吟遊詩人)へと成長を遂げるストーリー。