ぼくは飛行機に乗り込んだ。
もう夜の10時前。
外は闇に包まれている。
自分がカリブ海にいることを感じさせるのは、肌に感じるジメジメくらいだ。
席に座ったぼくは、窓から外をのぞき込んだ。
外では、離陸に備える空港の地上スタッフが気だるそうに動き回っている。
ぼくは、ボーッとしていた。
数時間前のラティーナとの別れを反芻しながら。
「なんで、人妻のラティーナは、わざわざ、ぼくを人気のないビーチに呼び出して、ダンナとうまくいってる、みたいな話をしたんだろう」
「昔、日本人のハーフと付き合ってたとか、ぼくみたいな目をした子どもが欲しかったとか言ったんだろう」
さっきは、カッコつけたはずなのに。
さっきは、「これでいいんだ」と自分に言い聞かせたはずなのに。
なぜか、意味のない自問自答を繰り返している。
ぼくは、気持ちを抑えられなくて、携帯を開いた。
ラティーナにメッセージを送るために。
たぶん、こういうやりとりをしたんじゃないかと記憶している。
ぼく:”Me alegra mucho haberte conocido"
「君に出逢えて良かった」
ぼく:"Pude disfrutar este viaje de negocio gracias a ti"
「忙しいだけのはずだった出張が君のおかげで楽しく感じたよ」
ぼく:”Tu esposo es un afortunado"
「君のダンナは果報者だ」
ぼく: “Tiene la suerte despertar al lado de una mujer tan hermosa como tú"
「毎日、君みたいに美しい女性の側で目覚められるなんて」
ラティーナ:”Eso es muy tierno de tu parte"
「あなたはすごく優しい人ね」
ぼく: “Hubo un cambio en mi itinerario. Me voy a quedar 3 días en la capital por unas reuniones de negocio"
「明日から商談で急遽、首都に3泊することになったんだ」
ぼく:”¿Será que nos podemos ver aunque sea un ratito?"
「少しでもいいから、会えないかな?」
結局、ラティーナから返事は来なかった。
ぼくの機を逸した臆病な告白は、軽くあしらわれた。
突き付けられたのは、すべてはぼくの甘い幻想だったという事実。
「どうせフラれるなら、携帯のメッセージじゃなくて、直接目を見て言っておけば良かった」
ぼくはそんな後悔に包まれた。
今まで、ラティーナに想いを伝えるチャンスは何度もあったのに。
ラティーナを目の前にしたときには、自分の言いたいことを言わなかったくせに。
ラティーナの近くにいれなくなって初めて、伝えるべきことを伝えている。
そして、
「自分が勝手に盛り上がっていただけだった」
という現実を否が応でも受け入れざるを得なかった。
敗北感に浸っていたぼくの心情など気に留めることなく、飛行機は定刻どおり、首都に向けて離陸した。
「早く忘れよう」
そう思いながら、ぼくは深い眠りに落ちた。
ラティーナに恋をした日本人トロバドール 〜ラティーナに捧げる愛の詩〜
ネイティブのようにスペイン語を操る日本人、早川優。 しかし彼は、ラテンのノリとは無縁の内向的な文学少年だった。 そんな内気な文学少年が、出張先で出逢ったラティーナ(中南米某国の女性)との恋を通じて、日本人でありながら、スペイン語で愛の詩(うた)を捧げるトロバドール(吟遊詩人)へと成長を遂げるストーリー。
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