“Te puedo ayudar en algo"
「何かお手伝いできることはありますか?」
11年前の3月末。
日本列島ではいつ桜が開花するかが話題となっていた頃。
ぼくは、自分の会社が参加する中南米某国での展示会イベントに参加するため、現地に出張した。
出張先は、カリブ海に面する世界的なリゾート地。
それまでに一度、当時の彼女と貧乏旅行で行ったことがあった場所。
そのとき初めて生で見たカリビアン・ブルーの海に思わず息を飲んだことをよく覚えている。
今回の出張で、ぼくは、展示会で見込客と商談するのではなく、展示会出席のために現地出張する会社のお偉いさんの世話役として送り込まれた。
いい歳した大人が、日本とは勝手の違う海外で、物分かりの悪いワガママを言ったりするのに付き合うのは目に見えていたので、カリブの青い空とは裏腹に、ぼくの気持ちは曇り空だった。
1日目、ぼくの会社からの出張者が仕事をするための作業スペースの設営、お偉いさんの出迎えの手はずを整えるはずだった。
しかし・・・
渡航前に前もって、うちの会社の要求を入念に伝えていたのに、やはりラテンの国。
全然、準備が整っていない。
結局、この日は徹夜作業になった。
2日目、お偉いさんの下に当たる課長級の上司が現地入りを始めた。
ぼくは、空港まで課長を出迎えに上がった。
しかし、おかしい。
待てど暮らせど、課長が出てこない。
フライトはとっくに着いていて、課長と同じフライトに乗ってきた同僚2人はぼくと一緒にいるのに。
仕方ないので、ぼくは同僚と宿舎兼展示会場に向かった。
ホテルに到着してすぐ、ぼくは同僚たちとロビーで別れ、行方不明になっている課長の行方をつかむべく、今回の展示会を仕切っている運営事務局に出向いた。
事務局でバイトのお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに、あれこれ説明しながら、探りを入れて見たが、脈なしの様相。
これは、予想以上に手がかかりそうだ。
ぼくの顔が曇り始めていたとき、バイトの若い子の後ろから、女性の声が聞こえた。
“Te puedo ayudar en algo"
「何かお手伝いできることはありますか?」
ぼくが女性の声がした方に視線を移すと、そこには、小柄で可愛いらしい中にも、凛とした雰囲気を内包する女性が立っていた。
この声の主こそ、ぼくが今でも忘れられない女性、ラティーナ。
ラティーナが、初めてぼくに投げかけた言葉はこれだった。
でも、一目惚れというわけじゃなかった。
「早く課長を見つけないと」
ということで頭が一杯で、目の前の女性が綺麗かどうかなんて情報をぼくの頭は処理できなかった。
ラティーナは課長失踪に関するぼくの説明を一通り聞いたあと、こう言った。
ラティーナ:“Tu español es bueno. ¿Dónde lo aprendiste?”
「あなたのスペイン語きれいね。どこで勉強したの?」
ぼく:“No es para tanto, pero gracias”
「それほどでもないよ、でもありがとう。」
ラティーナ:“Sí es asombroso. Porque aquella polaca lleva 4 años en este país, pero no se le quita su acento”
「すごいわよ。だって、あのポーランド人は4年この国に住んでいるけど、ポーランドなまりは消えないし。」
ぼくは、無理やり話を本題に戻した。
ぼく:「それで課長の件だけど・・・」
ラティーナ:「ああ、ごめん。課長はホテルのどのセクション(棟)の部屋で予約を取っていたかわかる?」
ぼくはラティーナに課長の予約情報を渡した。
しばらくシステムをいじったあと、ラティーナがこう言った。
ラティーナ:「今、システムの調子が悪いみたい。課長が泊まる予定の棟のレセプションに行って確認しましょう。私も一緒に行くから。」
ぼく:「そのセクションなら昨日下見に行ったから、一人で行けるよ。」
ラティーナ:「運営事務局の人間が一緒にいた方が、ホテルの人も安心するだろうから、一緒に行ってあげる。この国は治安が悪くなって以来、みんな人間不信になってるから。」
ラティーナとぼくは、馬鹿でかいリゾートホテルの敷地内を周回するシャトルバスに乗り込んで、課長が予約を取っていた「月」のセクションに向かった。
「月」への移動の間、ぼくはラティーナと、大学で何を勉強したか、普段会社で何を担当しているか、とかお互いの身の上についてとりとめのない話をした。
このシャトルバスが、ラティーナが普段住んでいる街の幹線道路を走る二連式の路線バスに似ているという、ローカル受けするような話もした。
10分後、シャトルが「月」に到着した。
フロントで課長のチェックイン状況を確認したが、まだチェックインしていない。
ラティーナも協力して、フロントの人にいろいろ当たってもらったが、よくわからない。
結局、ぼくらは諦めて、運営事務局がある、リゾートのメインセクションに戻った。
ロビーのすぐ奥にあるラウンジを見ると、そこには課長とぼくの同僚の姿があった。
課長:「早川君、ごめん。君が迎えにきてくれているのを忘れてて、勝手にシャトルに乗っちゃった。ホテルの部屋も予約の混乱があったみたいでメインの棟の部屋に移されたんだ。」
ぼく:「課長が見つかってよかったです。では、明日の上役の出迎え等について最終確認させてください。」
打ち合わせ前にトイレに立った課長を待つ間、ぼくは、ラティーナにこう言った。
ぼく:"¿Me podrías dar tu celular?
(「君の携帯番号教えてくれる?」)
ぼく:"Me tranquiliza tener con quien contar dentro de la oficina de organización”
(「運営事務局で頼りになる人がいるのは心強いから。」)
ぼく:"Muchas gracias por ayudarme a buscar al director”
(「課長を探すの助けてくれてありがとう。」)
ラティーナ:"Por supuesto. Anótalo. Mi número es; 000-000-000”
(もちろん。口で言うから登録して。私の携帯は、000-000-000)
ぼくは、早速自分の携帯から、ラティーナの携帯にワン切りした。
ラティーナ:"Escríbeme tu nombre porque es muy complicado tu idioma"
(「あなたの名前を打ち込んでくれる?あなたの言葉は難しいから。」)
ぼくがラティーナの携帯に名前を登録した後、ぼくとラティーナは、頬と頬を寄せ合うラテン式の挨拶、ベシート(besito)を交わした。
未だに慣れなくて、照れ臭くて、ぎこちなくなってしまう。
課長と翌日の打ち合わせを終えた後、ぼくは、ホテルのバーから月明かりに照らされたカリブ海を眺めながら物思いにふけっていた。
一緒に飲んでいた同僚のおしゃべりは耳に入ってこない。
「ラティーナは100か国近からたくさんの企業が参加する展示会の事務局にいる。」
「想像を絶するほど忙しいはずなのに、なんでわざわざ、一出展企業の社員に過ぎない、ぼくの課長探しに付き添ってくれたのだろう?」
「課長レベルにあんな神対応していたら、これだけ社長がたくさんいると回らないはずなのに。」
一緒に飲んでいた同僚のおしゃべりは耳に入ってこなかった。
ぼくの胸の中では、「もしかしたら・・・」という淡い期待が膨らんでいた。
でも同時に、そんな淡い期待に水を差すような別の声も聞こえてきた。
「いや、待て、早川優。女性の一挙手一投足に深い意図なんてない。」
「お前はそうやって、罰ゲームでお前に気があるフリをしていた女子連中の餌食にされていたじゃないか!」
「気のある素振りを見せる女子には警戒しろ。あとでまた傷つくぞ。」
「お前は、人生で一度もモテたことがない、ネクラな文学少年なんだ。」
「ラティーナは可愛い。絶対彼氏がいる。ちょっと親日家なだけだ。」
ぼくは、それでも、「出張中にまたラティーナに会えたらいいな」。
そう思いながら、徹夜続きと時差ボケで重くなっていた体をベッドに預けた。
Continuará…
(次回へつづく)
ラティーナに恋をした日本人トロバドール 〜ラティーナに捧げる愛の詩〜
ネイティブのようにスペイン語を操る日本人、早川優。 しかし彼は、ラテンのノリとは無縁の内向的な文学少年だった。 そんな内気な文学少年が、出張先で出逢ったラティーナ(中南米某国の女性)との恋を通じて、日本人でありながら、スペイン語で愛の詩(うた)を捧げるトロバドール(吟遊詩人)へと成長を遂げるストーリー。
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